なにわ男子長尾謙杜
(音声ガイド担当)
なにわ男子の長尾謙杜です。京都・太秦の地に撮影所が出来て、今年で100年。これまで数多くの撮影所が創設され、日本随一の映画産業の集積地であり”日本のハリウッド”と呼ばれたこの地で、数多くの時代劇作品が誕生してきました。今回は「太秦時代劇100年」の歴史を振り返りながら、時代劇の魅力をご案内していきます。
2026年、太秦での時代劇との歩みが
100年を迎えました。
1926年3月、嵐電北野線が全線開通し、
西陣の街と、竹藪に覆われた
未開の地・太秦が、
鉄道で結ばれました。
その2か月後、当時のスター俳優、
阪東妻三郎が、
太秦に撮影所を建設します。
これをきっかけに、日活をはじめ、
片岡千恵蔵、嵐寛寿郎らが
次々と撮影所を開設。
半径およそ1.2キロの中に、
8つもの撮影所が集まりました。
かつては、狐や狸しかいないと
言われた太秦。
その地はやがて、大スターや
映画スタッフが集う
「撮影所の町」へと姿を変え、
「日本のハリウッド」と
呼ばれるようになります。
撮影所が生まれた頃、
江戸幕府が倒れてから、まだ60年ほど。
江戸文化を色濃く残す時代劇は、
庶民にとって身近で、人気の娯楽でした。
歌舞音曲に携わる芸能者、
宮大工や造園技術者など、
伝統技術を受け継ぐ職人たち、
歴史ある寺社仏閣と、豊かな自然。
太秦は、時代劇づくりに
理想的な土地だったのです。
戦後、太秦の時代劇は
海外でも高く評価され、
日本に勇気と希望を与えました。
映画ブームの到来とともに、
太秦は、東京の現代劇と並び、
日本映画制作を支える
存在となっていきます。
1960年代、時代劇の舞台は、
映画からテレビへ、
お茶の間へと広がり、
数々の名作が生まれました。
そして今も、松竹、東映が
制作を続ける太秦は、
100年にわたり日本映画界を支えてきた、
撮影所の聖地です。
INTERVIEW
COMING
SOON
開催概要
| タイトル | 太秦撮影所創設記念 「太秦時代劇100年」 〜撮影バックストーリー〜 |
|---|---|
| 開 催 会 場 | 太秦映画村 |
| 開 催 期 間 | 2026 年 3 月 28 日(土) ~2027年 3 月 31 日(水)(予定) |
| 開 催 名 義 | 【主催】東映株式会社、株式会社東映太秦映画村、株式会社松竹撮影所 【後援】京都府、京都市、文化庁、日本映画製作者連盟、日活株式会社 |
| 協 力 | 【協力】UZUMASA Hollywood Project(立命館大学・アルバータ大学)、 京福電気鉄道株式会社、日本映画放送株式会社 |
| 開 館 時 間 | 10 時―21 時 ※毎週火曜日は休村(祝日および、3月、4月、11月は火曜日も営業) |
| 入 場 料 | 無料 |